戸隠ではぐくまれる、ガールスカウトの野外教育

トリビア#体験活動,#自己肯定感,#自然とともに,#野外活動

運命の地との出会い

日本神話「天の岩戸」伝説はごぞんじですか?
天照大神(アマテラスオオミカミ)が隠れた岩戸を天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)が地上に投げてできたのが、戸隠山なのだそうです。
その霊峰が見守る地に私たちのキャンプセンターができたのは、1960年(昭和35年)のことです。ガールスカウトが安心して毎年キャンプができるようにと、長野県戸隠村に「戸隠キャンプセンター」が建設されました。

戸隠山を後ろに臨むキャンプサイト

センターができるまでは、年々会員数が増加する中、全国キャンプをおこなう会場探しに毎年苦労していたそうです。移動による備品の損傷などもあり、専用のキャンプ場が望まれていました。

1958年6月8日、この年のキャンプ場候補地として長野県の藤井のぶ支部長(当時)の案内で戸隠村(当時)の牧場付近を視察した日本連盟の理事たちは、北西に峻険な戸隠連山、東には黒姫山がどっしりとそびえ、南には優美な飯綱山を望む水豊かな地に出会い、魅せられました。

1958年戸隠視察で運命の地と出会う

1960年、上信越高原国立公園(現在は妙高戸隠連山国立公園)内にある国有林の一角に借用許可を取り、全国の会員・各所から募金を集めて、約300人収容のホール、事務室、需品室、食堂、台所、スタッフの寝室などを備えた素敵な木造のセンターが完成しました。8月3日の開所式では日本・アメリカ・オーストラリアのガールスカウトたちがお祝いしたそうです。

1960(昭和35)年に完成したキャンプセンター
竣工式

自然とともにある生活から得られる体験

国立公園内のため、水と自然を汚さないよう、汚水などの管理は厳しく徹底されました。また夏は毎日激しい雨や雷に見舞われます。特に戸隠の雷は芝の上に転がってくるような恐ろしさだったそうです。まちでの生活に慣れた少女たちにとって、ここでのキャンプ生活は厳しいものでしょう。

しかし仲間とともに力を合わせ、苦難を乗り越える体験は多感な少女たちに大きな成長をもたらします。乗り越えた経験が自信となり、失敗をおそれず挑戦する心をはぐくむのです。

満天の星空の下でのキャンプファイアーの楽しさは、それまでの苦労を吹き飛ばしてくれます。そして何と言ってもセンターの静寂さと自然の美しさは、一度経験すれば忘れられないものです。

炊工具をきれいにみがきます
雨ならではの楽しみを見つけるのも得意
仲間と力を合わせて

キャンプファイアーは心躍るひととき

やがて設備の充実と安全確保を図るために改築することになり 1998 年に一時閉鎖。
2000年に現在の「戸隠ガールスカウトセンター」として生まれ変わりました。自然豊かな環境のもとで、社会課題について学んだり、国内外多くのガールスカウトたちのきずなをはぐくんだりする場となっています。

2000年に「戸隠ガールスカウトセンター」オープン

■多くの国際キャンプの舞台となってきました

1963年アジアキャンプ

 

1988年 Youth Camp
2010年90周年インターナショナルキャンプ

■2000年からは環境教育の一環として、キャンプで出た生ごみをたい肥に変え、畑でジャガイモを作っています

もみ殻で生ごみ用バケツを洗うとすべすべになります

先人の思いを引継ぎ、ガールスカウトならではの「自然とともに」あることを体験できる戸隠ガールスカウトセンター。
皆さん一度は訪問して実際に見て、触れて、体験してみませんか。

■藤井のぶさんの言葉

戸隠の自然から受ける崇高さをそこなうこと無く、永久にあの環境を守りながら、年々のキャンプ生活を続けることによって、「思いにも、言葉にも、行いにも」人間本来の清純さを取り戻す機会を与えていただける場として、永く永く続きますことを念願してやみません。
(昭和53年日本連盟発行『ガール・スカウト 戸隠キャンプ20年』より)

朝のキャンプサイト
センターのシンボル、オオウバユリ

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戸隠ガールスカウトセンター(動画)